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全国素決起集会:原発被害訴訟の総括と課題(全弁連代表世話人・浜通り弁護団)

3判決に向けての全国総決起集会(2018年1月27日)
原発被害訴訟の総括と課題


全弁連代表世話人(浜通り弁護団) 
  弁護士 米   倉    勉


1 先行する3判決の成果と課題
(1)法的責任の断罪
 被告である国と東京電力に、この事故についての不法行為責任、国について国賠法上の責任があるかどうかについては、3つの判決を通じて、いずれも厳しく断罪されたものと評価できる。前橋と福島地裁判決では、明確に国家賠償責任が認められた。千葉地裁判決では、国の責任が否定されたが、責任の基礎となる津波の予見可能性や結果回避の可能性があったこと、国が適切な規制権限を行使すべき義務を負うこと認めている。そのうえで、結果回避の手段や効果等に関する法的評価を理由に、規制権限の不行使について、著しい逸脱はなかったとした。裁判所の法的な判断によって国の責任を否定しているが、責任を基礎づける事実については、原告が主張した事実関係を認めている。

 東電については、3つの判決はそろって、民法の不法行為による責任を否定し、原賠法3条による責任を認めた。しかし、これは過失がないという意味ではない。特別法たる原賠法が、一般法である民法に優先して適用されるという、法律適用の技術に過ぎない。むしろ、それぞれの判決は、東電が津波を予見できた、あるいは予見していたにも関わらず、必要な結果回避措置を怠っていたことを強く非難し、その責任を強調している。これは、実質的には不法行為責任を認めたとのと同じだと評価できる。

 このように、先行する3判決を総合して、国と東電の両被告について、その法的責任が厳しく断罪されたことは間違いがない。千葉判決における若干の「足踏み」は、今後控訴審において是正されると確信しているし、今後の全国の判決の流れは、もはや動かしようのないものになっている。
 これらの判断を、一層確固たるものとして確立する。これが、今後続く判決の重要な役割だ。

(2)被害救済
 次の課題は、被害の十分な救済に関する部分であり、損害論の評価。ここでは、3月の3判決に向けて、避難者(区域内避難者と区域外からの避難者の双方を含む)が受けている損害の評価に関して、先行判決の成果と課題を概観しておきたい。
 ア 前橋地裁
 前橋地裁判決の特徴は、責任における優れた判断と比較して、損害論にギャップがあることだ。
 積極面としては、区域外避難について、避難の必要性・相当性について、柔軟で広い判断を示したことが評価できる。今後の判決に向けて、重要な先例になり得る。
 
 他方で、損害の算定評価は、原告らが訴えた、長期に及ぶ避難生活による被害の重大さに対して、原告にとって非常に不本意な、冷淡なものと感じられる。具体的には、
・被侵害利益を、平穏生活権侵害としつつも、それを自己決定権に限定・特化した独自の判断
・避難による精神的損害において、「地域社会の破壊」あるいは「ふるさとの喪失」による損害を、固有の重大な損害として評価する姿勢に乏しかったこと
・その結果、損害金額の評価の低さにつながったこと
 などが挙げられる。
   
 イ 千葉地裁
 千葉地裁判決の大きな前進は、「ふるさとの喪失」という損害を、別個の損害として積極的に認定したことにある。その内容は、毎月10万円が支払われてきた避難慰謝料(日常生活阻害)とは異なる損害であり、地域社会の喪失は、「人格の発展」や「平穏な生活を送る利益」に関わるものとされた。大きな前進だろう。しかし他方で、
・第四次追補による支払いは、ふるさと喪失慰謝料に一部対応するものとして既払い金として控除。
・避難指示の解除が賠償額に反映。
 という課題が指摘できる。原陪審は、第四次追補において帰還困難区域に対して、「帰還困難」慰謝料として700万円を支払うものとした。しかしその内容は、実は平成26年3月以降の避難慰謝料の将来分を一括して支払うというものなので、裏腹に避難慰謝料が打ち切りになっていることになる。賠償額の算定として不合理だという批判が多くの研究者からも重ねられてきた。この問題は、生業判決との関係で、後でもう一度触れる。

 避難指示の解除が賠償額の評価に反映するという点は、イコール避難指示の有無や避難区域割によって被害の救済が分断・区別されることであり、裁判所が国の避難政策に追従しているという事態を示している。

 次に、避難慰謝料については
・中間指針等による月額10万円の支払は、避難生活に伴う慰謝料の最低限の基準を示したものと解するのが相当。個別・具体的な事情によっては、これを超える慰謝料が認められることがあり得る。
 この部分も、前進部分と心配な部分を併せ持つ。中間指針が法的効力(拘束力)を有しないというのは当たり前のことのはず。それが、結局はこうした位置づけによって、事実上の拘束力を持つかのような効果。避難生活による甚大な精神的苦痛に対して、原則は10万円、立証の如何によって、1万円とか数万円の上乗せが認められるという「枠」のような存在。支払いの終期についても、基本的に避難指示の解除に連動する。中間指針という国の政策に、司法的救済が追従しているのではないかという危機感を抱く。今後の、各地の訴訟に共通する課題になるだろう。

 ウ 福島地裁
 福島地裁の生業判決については、ご承知のとおり、区域外の多数の滞在者・居住者原告について、政府の区域割や中間指針等にとらわれない被害の広がりを認めた。他方で、避難者原告に対する著しく低い損害評価が批判されている。すなわち、
・中間指針等による月額10万円の支払いは「目安」であるとしつつ、多くの原告について、これを超える損害はないとする。
・故郷の喪失による損害について、請求を棄却した。
 問題は3つある。まず、故郷喪失という損害を、帰還困難区域にしか認めない。中間指針追随・避難政策追随の判決。次に、第四次追補による支払いを、そもそも月額10万円の避難慰謝料(原告側の主張する「幸福追求の自己実現の破壊」による損害)の将来分の一括支払いなのだと判示した。つまり、原告がこれとは別に訴えた「地域・故郷の喪失」という損害を否定して、避難慰謝料の支払いに解消してしまった。そして、第四次追補が認めた以上の損害は、認められないという。

 以上を通じて、原告が主張・立証に努めた避難者の被害の実態を、裁判所が賠償額の認定において正しく評価し、救済したとは到底言えない。

 なお、損害論には訴訟ごとに個性があり、様々な損害の捉え方における組み立てが同じではないから、比較検討しにくいし、今後の判決との関係では、不当な判断部分は「先例にできない」という反論も出来る。

2 3月の3連弾判決の課題
(1)被害の実態を理解させ、ありのままの損害を認めさせること
ア 故郷喪失損害を賠償させること
 ふるさとの喪失、地域社会の破壊によって生じた、生活と生産の全般にわたる、包括的で甚大な被害を正しく評価し、賠償させること。これは、区域内避難者だけではない。「自主避難」と呼ばれている区域外避難者についても、避難を強いられ、そのためにふるさとを離れて、地域社会を失ったことに変わりはない。避難指示の如何によって損害の発生を否定する政策や、中間指針等による線引きにとらわれない、被害の実態に即した損害評価をさせることが必要。
イ 避難慰謝料の正当な評価
 ここでも、中間指針等によって地域的・時期的に線引きされた判断に縛られないで、かつ金額的にも月額10万円という最低基準に拘束されない、独自の判断が期待されている。

 避難生活による日常生活阻害の被害は、決して月額10万円という水準で済むものではない。それが、被害者の実感だ。また、避難指示が出ていなくても、あるいは解除されても、現に避難生活が続いている以上、損害は発生している。この当然の事実を、認めさせることが必要だ。

(2)そのために
 それぞれの訴訟で、原告側は、踏み込んだ立証を重ねて来た。
 原告本人尋問の充実。現地に赴いての被害の検証。
 専門家による証人尋問。東京地裁では、辻内琢也・早稲田大学教授(医療人類学者)がストレスとPTSDなどの心理的悪影響について。京都地裁では、崎山比佐子先生(放射線防護学)が、低線量被ばくの影響について。いわき支部では、除本理史大阪市立大学教授(環境政策学)が、地域社会の機能と故郷喪失による重大な被害について。
 こうした損害立証を、裁判所がどこまで損害認定に生かし切るか、問われている。

(3)被害者自身の判断や自己決定の尊重
 放射能は目に見えない。そして、その身体・生命に対する健康上の影響については、科学的な解明がついたとは言えない段階にある。そのような中で、実際に生活し、子どもを育てている被害者、原告にとっては、被ばくによる健康リスク、これによるストレスと心理的な不安そのものが現実の被害であり、政府の見解や線引きに委ねることはできない。

 実際に生活し、子どもを育てていることで、被ばくによる健康リスクや被害を受ける本人の自己決定は、損害賠償の場においても尊重される必要がある。区域外避難者にとっての避難の合理性、相当性の判断、避難指示解除後の帰還の判断、いずれの場面においても、このような自己決定権が重視されなければならない。被害者にとっては、極めて深刻で重大な決断。その重さを、裁判所がどこまで理解できるか。

3 展望―帰還政策に追従しない司法判断への期待
 これらの課題に共通するのは、要するに、避難指示と被害の賠償をリンクさせて処理する政策との決別だ。これは、避難指示がなければ避難は不要だ、解除されたら帰還せよという、復興政策・帰還政策の産物であり、帰還強要政策ともいうべき役割を果たしている。裁判所がそのような政策に追従することは、司法の役割を放棄するものであり、すべての原告の期待を裏切るものだ。

 原告は、裁判所が正しい判断を出来るだけの主張・立証を提供してきたはずだ。だから私は、裁判所に対する期待を失ってはいない。今後、3つの判決を通じて、中間指針等に拘束されない、政策追従ではない司法判断がなされるかどうかを、国民的な視線で注視し、見守りたい。

                                            以上
by shien-zenkoku | 2018-01-27 14:00 | 全国総決起集会

このブログは「原発被害者訴訟全国支援ネットワーク」の暫定ブログです。


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